でも――けれどもどうしてだろう。猫丸さんとかいったっけ――そのひとはそんな風に、わざわざ暗い井戸の底を覗き込むみたいなことを考えるんだろう。
              
「過ぎ行く風はみどり色」 倉知淳  創元推理文庫

 十年ぶりに実家の門をくぐった方城成一。叔父が連れてきた霊能者にはまってしまった祖父と、大学の超心理学研究者に頼んでそのインチキを暴こうとしている母。とはいえ、彼の家はうんざりするくらい退屈な普通の家だ。遺産相続争いがあるわけでなし、血の確執があるわけでなし。――しかし、密室で祖父が何ものかに撲殺され、家族までをも疑わざるを得ない状況に追い込まれてゆく。祖父を殺したのは、いったい誰か? なぜ、そして、どうやって? 謎がとけぬまま、祖父が生前から望んでいた降霊会が予定通り開かれ、そしてまた新たな惨劇が起こる。
 三十すぎても定職につかず、興味のあるアルバイトを次々にかけもちし、面白ければそれでいい、と子どものように生きている猫丸先輩。頼りになるんだかならないんだか、もしかしたらただ単に興味本位なのか? 猫丸先輩の能力を疑いつつも、勝手に予定を決められ、ひきずられてしまう成一には、先輩の考えていることなんてまったくわからない。けれど――方城家で愛され守られるようにひっそりと暮らす体の不自由な佐枝子は、思うのだ。「なんとなく、投げやりな、何か諦めたような――そんな考え方」をした人なのではないか、と。
 猫丸先輩が出てくるシリーズは他にもあるのだけれど、どちらかといえばひょうげた雰囲気のつかみどころのない先輩、というイメージがわたしの中にはあった。けれど、佐枝子のことばを読んで、猫丸先輩の持つアンバランスさ、周囲に溶け込みきれない違和感の素がわかったような気もした。そういう意味で読めば、寂しい話だ。「冬のオペラ」(北村薫)にもあったけれど、探偵というのはさびしい存在なのかもしれない――


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