それでも俺が遺影を撮ってもらいたいと思えるのは、やはり今カメラを構えているこの女しかいないような気がした。
          
 「ストロボ」 真保裕一 新潮文庫

物語は、五十歳の喜多川光司が雨の中を走るシーンから始まる。一本の電話から始まった仕事ともいえぬ仕事。ある女性の遺影を撮る――それが、カメラマンとして名を成し、いつしか手堅い仕事しかこなくなった五十歳の男に、この一枚をどうしても、とさえ思うほどに情熱をかけさせるものへと変わっていっていたのだ。彼女は何故、喜多川に遺影を撮ってもらいたいと願ったのか。病室に通う喜多川には彼女のことが思い出せなかったが、彼女の死後、ようやくその理由が明らかになる。
一話完結の形で、五十歳、四十二歳、三十七歳、三十一歳、二十二歳……と、少しずつ過去へと遡っていく。どの物語にも共通しているのは、ちょっとした謎が含まれていることと、妻の存在だ。女のことで泣かせ、苦労をかけ、それでも寄り添った妻。彼女との出会いの瞬間まで遡った時には、思わず、ああ、と振り返って……というのもおかしいが、彼らの将来の話をまた読み返したくなってしまったりもするのだ。
ときには倣岸なまでに自分を恃み、けれど心の奥底ではいつでも不安に怯えた男の姿がよく描かれた作品。ひさしぶりの真保裕一作品だったので、実は内心、また三角関係かしらん、とか、不届きなことを考えていたのだが(すいません)、むしろ家庭愛のようなものが見えて、オススメの一作。



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