わたしがこの役を演じて浴びた、たった一度の喝采だった。それで充分だった。
       
「ダブル・スター」 ロバート・A・ハインライン(森下弓子訳)創元

 あちこちから借金を抱えた失業俳優のロレンゾは、我こそは名優なりという自負と、好奇心と、ちょっとした運命のいたずらから、行方不明中の偉大な政治家ボンフォートの替え玉役を引き受けることになる。政治には一切興味がなく、異星人には病的な嫌悪感を抱いている彼が、なんと火星人の『巣』で行われる儀式に出席しなければならないというのだ。失敗すれば太陽系帝国の運命すら揺らぐというその大仕事に、催眠術で異星人嫌いを克服し、多数の写真や映像記録から懸命な役作りに励むロレンゾ。しかし、彼の仕事はそれだけでは終わらなかった。
 発見されたボンフォートは薬づけで衰弱しており、敵はそれを知った上で総辞職し、ロレンゾが暫定内閣の党首として皇帝に拝謁するようにと仕向けたのだ……!
いちばん初め、ロレンゾはその替え玉役をきっぱりと断る。
「報酬は問題じゃない。わたしは役者だ、替え玉ではなく」
「アーティストには、称賛こそが第一のなのさ。金はただ、芸術の想像を可能ならしめる世俗的な手段であってね」
 ロレンゾが引き受けた役には称賛などない。けれど、とつぜん乞われるサインをどうかわすかに頭を捻り、新聞記者たちの攻撃をかわし、ロレンゾの演技はいつしか演技を超えてゆき、そしてただ一度だけ、ロレンゾが喝采をうけたとき……彼とともに、読んでいるわたしたちはよろこびと感動に胸を熱くするだろう。
 自分の仕事に対してプライドを持ち、軽妙な会話を好んで、死んだ父親のことをすぐに引き合いに出す主人公、というのはハインラインお得意のところである。この「ダブル・スター」はそんな主人公が、ハインラインが好むところの火星人や政治の世界でぞんぶんに活躍するわけだから、痛快無比、読みはじめたらやめられないおもしろさ。ハインラインの魅力をたっぷりと楽しめる一冊だ。ぜひ一度、目を通してもらいたい。



オススメ本リストへ