ぼくたちは病んでなんかいない。大人たちに押しつけられた歪みに耐えられないやつが出てきているだけだ。心の闇なんてない。ぼくたちはあと少し考える力が必要なだけだ。
            
  「空をつかむまで」 関口尚  集英社文庫

 「ぼく」、中学三年生の長谷川優太は、小学生のころは周囲の注目を集めるサッカー選手だったが、中学に入ったとたんに身体の調子をおかしくして左膝を痛めてしまったせいで、いまは体育のほとんどを見学し、所属している水泳部でも力いっぱい泳いだことなどない。いまではもしかしたら左膝は治っているのかもしれないけれど、それを確かめるのも怖いのだ。だが、そもそも優太が所属する美里中水泳部は、部員三人、そのうち一人はまったく泳ぐことのできないモー次郎こと山田幸次郎。過去に問題を起こして廃部になりかけたとき、顧問が水泳に才能をみせる、姫こと岡本暁人のためにだけ残し、そのために将棋部だった優太とモー次郎を連れてきたといういわくつきの部なのだ。やる気なんてまるでない三人だが、ひょんなことをきっかけに、トライアスロン大会に出場することになってしまう。スイムの姫、バイクのモー次郎はともかく、自分に力いっぱい走ることなんてできやしないのに……悩む優太の背中を押したのは、幼なじみでひそかに心を寄せている美月の言葉だった。
 三人は、それぞれに深い悩みを抱えているが、それを表に出すようなことはしない。そもそも、姫はかつてモー次郎をひどくいじめていたし、優太は自分の好きな美月の彼氏である姫に複雑な感情を抱いている。三人はたまたま同じ水泳部だというだけで、強い友情で結ばれているわけでもなければ、信頼し合っているわけでもないのだ。トライアスロンをやることに決めた理由も、それぞれに違う。だが、いつしか本音をぶつけ合い、ひとつの目標にむけて力を合わせてゆくうちに、いつしか心もひとつになってゆく。
 物語は後半、大きな盛り上がりを見せた後に、思いもかけない展開をみせる。とはいえ、その最後のできごとがあったからこそ、深い余韻の残る作品になったともいえる。
 「プリズムの夏」や「パコと魔法の絵本」の作者による青春小説。オススメ。




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