なんという豊かな歓びだろう。相似た心と、二つの思念の流れが一つに見えるほど、ぴったりと寄り添うのは。そして、問いと答え、あらゆる話しあいに、言葉という冷たい媒体では決して伝えることのできむ微妙な倍音のすべてを、一瞬のうちに含ませることができるのは。
             
「スラン」 A.E.ヴァン・ヴォクト(浅倉久志訳) 早川書房

 九歳のときに母が銃殺され、ただひとりで冷たい世間の中、純スランであることを隠して成長していくジョミー・クロス。彼の父親が残した研究こそが世界を救う鍵となる、そのことを信じて密やかに、そして着実に生きていく、彼。一方で、純スランを憎む人間たちのただ中で、研究材料として生きるキャスリーン・レイトン。キャスリーンもまた、人々の絶え間ない悪意の中で自分なりに生きる術を身につけていく。もちろん、それはジョミーと比べたら甘過ぎる生き方ではあるのだけれど……――
 スラン。S(サミュエル)・ランが発明した変異体であり、戦争中には人間の赤ん坊を残酷なかたちでスランに変えようと試みたと噂される集団。純スランは髪の毛の間にスランであることを示す触毛を持ち、内臓の配置も人間とは異なっている。長命で知能が高く、他人の心を読み、自分の心を伝えることのできる彼ら。人間たちはスランを恐れ、憎み、根絶やしにしようとしている。そのせいだろうか、ジョミーは純スランたちを、世間のどこに探すことも出来ない。しかも一方で、送信はできるが受信は出来ない、純スランを敵視する無触毛スランたちに追いまわされてしまうのだ。彼は父から受け継いだ発明をいかし、独裁者キア・グレイの治めるこの世界を根底からくつがえし、新人類たるスランを救う未来を拓くことはできるのか。
 超能力、ミュータントテーマの古典。ところどころ破綻している部分はなきにしもあらず……だが、連載時人気投票で、始まって以来の1.00という完全得票(応募者全員が1位に推した)を獲得した作品。力強さにあふれている。これを読むと、なんとなく竹宮恵子の「地球へ……」を思い出したりもしてしまう。オススメの古典SF。



オススメ本リストへ