「その方の身の内にも、……風羅坊が住むか」
                 
   「始祖鳥記」 飯嶋和一 小学館

 天明五年(一七八五)陰暦六月十七日、備前岡山から物語は始まる。
 未明、慌しい捕り物が神谷の藤助宅を訪れた。しかし、町名主や組頭といった人々を前にしても、藤助はゆるぎなく応対し、捕り物にきた人々でさえ、何かの間違いではないかと思う――藤助の甥、武士ともつながりがあり、銀払いの表具師である幸吉が、夜な夜な空を自在に飛びまわり、藩の失政をあざ嗤い続けてきた鵺だとは。ところが、呼ばれて出てきた幸吉は、自宅の屋根から凧に乗っておりることのどこがいけないのかと、真顔で問い返し、その場にいた者たちを凍りつかせる。
 幼いうちに父を亡くし、さまざまな経緯から弟の弥作とふたり、表具師の藤助のもとに引き取られた幸吉は、鳥ではないために地に縛りつけられていることを厭い、つねにどこか自由でいたいという気持ちを持ち続けている男だった。それは絽の着物を身にまとい、銀払いの表具師としての地位を身につけてからも変わらなかった。大凧にぶら下がって空を飛ぶために、幸吉はさまざまな工夫を凝らし、試作を重ねる。しかしそれはいつしか失政にあえぐ人々を煽り立てる行為として藩に目をつけられることになる――
 空を飛びたい、というただその一念で凧を作っていた幸吉だが、思わぬ罪を得て捕縛され、しかもそれは遠く江戸までも空飛ぶ表具師の噂として伝わってゆく。藩の失政をただ一人で糾弾した男の伝説は幸吉自身の姿とは離れているが、その空飛ぶ表具師が、同じく藩や幕府に立ちむかおうとしていた男たちの心を鼓舞したことも事実なのだ。物語は塩問屋の伊兵衛、船主の源太郎をも絡めて広がってゆく。
 就職祝いにokmさんからご紹介いただいた一冊。本当は「雷電本紀」をススメられたのだが図書館になく、仕方なく取り寄せている間に……と三番目にススメられたこの本を手にしたのだが、おもしろかったです、okmさん!!
 派手な立ち回りがあるわけではないのだが、どこか隆慶一郎につながるようなものを感じてしまったのは、登場する男たちのすがすがしさ、真摯さ、どこか洒落た友情といったものだろうか。幸吉もいいのだが、特に孤軍奮戦する伊兵衛もたまらなくよい。
 ということで、今年はもしかすると飯嶋和一読破を狙う年となるかもしれません。
 この本がこんなに面白いとなると、okmさんがいちばんにススメてくれた「雷電本紀」が楽しみです。
 



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