「ほんとうに気のきいた男は警官になんかならんものさ」
                
 「獅子座」 藤雪夫・藤桂子  講談社文庫

 幼いふたりの娘を残して失踪した母。約束したクリスマスプレゼントのことも、愛していた娘のことも忘れて男と逃げたのか、それとも……? それから三十年後、ひとりの金融業者が殺された。男の貸し金庫から発見された、奇妙な暗号を記した一枚の紙。警部の菊池がその暗号に取り組むうち、またも次の殺人が。そして、三十年前に死んだとされる女性の白骨死体が発見された――
 アリバイ、暗号、トリック。推理小説としてのネタも満載だが、なにより注目すべきなのは菊地だろう。やせて背が高く、ぼさぼさの髪のまま身なりをかまわぬ菊池。惚れる女からは相手にされず、好きになってくれる女にはひかれない。いわくありげな女にひかれる危なっかしさ、事件の関係者に必要以上に思いを入れてしまう不安定さをもちながらも、頭の切れは群を抜く。先輩警部の相沢が好対照に粘り強く事件に取り組み、菊池の危なっかしさをはらはらと見守るのがわかるようだ。
 作者を見てもらえばわかるように父と娘の合作だが、鮎川哲也の解説によれば、これはそもそも、藤雪夫と鮎川哲也とで連作する予定だった作品だとのこと。相沢の元キャラは鮎川の鬼貫警部であるのだ……と読むと、彼がアリバイトリックに取り組む様子が「なるほど」と見えてしまうのがおもしろい。それにしても、ここまでトリックを積み重ねた作品って最近は滅多に見られない。古めかしさはあるかもしれないが、謎を楽しみたいむきにはおすすめの一冊。



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