「こうやって徹底的に調査を始めていくと、良いことばかりかと言うとそうでもないみたいだな。知ってはいけないこと、知らなくてもいいことを知らされてしまうというか。世の中というのはそういうもんなのかね。すべてを知るのは良いことかというと、決してそうではない……」
                 
   「裁かれた命:死刑囚から届いた手紙」 堀川恵子  講談社

 1966年、東京の国立市で一人の主婦が殺害された。強盗殺人事件とはいえ、奪われた金はわずか二千円。こんなにわずかな金額のために人を殺す者がいるのかと、住民たちがおびえる中、四日後に逮捕されたのは二十二歳のおとなしそうな青年だった。長谷川武。全面的に罪を認め、人を殺した自分は死刑になって当然だと、取り調べでも裁判でもまったく弁明せずに、そのまま死刑の判決が下る。しかし、控訴しなくてもよいという長谷川を説得し、高裁、最高裁と控訴審を担当した弁護士小林の熱意によって、長谷川武は少しずつ生きて償う道を探し始める。そして、そんな長谷川が独房から書いた何通もの手紙。日々の暮らしやちょっとした出来事、そして自分の母に対する思いを綴った手紙を読んで、死刑を求刑した検事、土本武司は、それが許されないことだとわかっていても、長谷川の恩赦を願い出ようとまで思う。
 死刑の意味とは、何か。人が人を裁くことの意味とは何か。
 弁護士として長谷川のこころをひらかせようと努力し、長谷川がなぜ事件を起こしたのか、生い立ちにまでせまった小林弁護士とは異なり、当時の捜査検事だった土本には、長谷川から送られてきた手紙を穏やかな気持ちで読むことは難しい。激しく心を揺さぶられ、自分の捜査について、そして死刑求刑について、死刑制度そのものについて、自分自身に深く問うていくことになる。
 罪を犯し、刑務所に入ったことで少しずつ字を学び、文章を書くことを学んでいった長谷川武。彼の手紙を読み進むうちに、わたしたちはいつしか考えていることだろう。死刑とはいったいどういう刑罰なのか。人が人を裁くとはどういうことなのか、と。
 



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