生きる価値とは何だろう。誰もが生きる価値はある。でも誰かの生きる価値を損ねた人は、自らの生きる価値を放置せざるを得ないのか。ならば命とは何だろう。人が人を殺すことの意味は何だろう。
               
   「死刑」 森達也  朝日出版社

 死刑とは何か。
 森達也は書いた。
「一つひとつの要素を分類して整理整頓するだけでは足りない。死刑という制度の裏には何かが潜んでいる。その何かの、形や色、質感や温度など、具体的な要素を、今のところ僕は何ひとつ明示できない」
 その思いから出発したこの本は、死刑を制度や歴史といった観点からだけでなく、実際に死刑に関わった刑務官や元死刑囚たちの証言、人権派の弁護士、あるいは加害者に死刑を望む犯罪被害者といったさまざまな人との出会いを通して考えてゆく、ロードムービー=「旅」になっている。
 旅人である森達也は、当初、存置派でも廃止派でもない。というより、旅を続けていく途中もずっと悩んでいる。調べれば調べるほど、「死刑」が遠のいていく。なぜ死刑はここまで隠されるのか。存置派であっても廃止派であっても、揺れる部分を抱えている。
「論理ではなく情緒」
 論理的な解析は不可能だと気づいたとき、森達也がたどり着いた結論は情緒的に死刑を見極めるという立場だ。支持するもしないも、まずは恐怖や不安といった身体的反応に後付けの論理を加えただけではないか。ならば自分はどのように「死刑」に向きあうのかと。
 オウム真理教事件だけではない。池田小事件、文京区の園児春奈ちゃん殺害事件、光市母子殺害事件など、わたしたちがメディアを通じて知ったさまざまな「死刑」に関わる事件が取りあげられている。だがわたしたちはどれだけのことを考えてきただろうか。
 森達也の出した結論は決して押しつけではなく、彼個人の「願い」となった。ゆえに、個々人の結論はやはりわれわれが自分自身で出すことになるだろう。これまで大勢の中のひとりとして目を背けてきた「死刑」について。
 目を背け続けることは簡単だ。でも「形や色、質感や温度」にまっすぐ目をむけることもときには必要だと思う。まずはこの本を手にしてほしい。




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