「ねえ國子、覚えておいて。電話がなくても人は心で繋がるのよ。絆には話し中も留守番電話もないわ」
「素敵な関係ね。ちょっと羨ましいな」
「あたしは友達に恵まれているのよ」
                  
  「シャングリ・ラ」 池上永一 角川書店

 地球温暖化が加速した未来、人類にとってなにより重要なのは、いかに炭素を減らすかということだった。産業製品のすべてに炭素税が課税され、一方で温暖化を阻止するための緑化運動には税の削減措置がとられる。金本位ではなく炭素本位となった世界で、日本政府は東京都心の一部を放棄し森林化する一方、『アトラス』と呼ばれる巨大な空中都市を建設し始めた。十三層からなる人工基盤の都市には、森林化されたために放逐された人々が住居を与えられるはずだったが、実際にはアトラスはまだまだ建築途中であり、富める者たちがアトラスで恵まれた生活を送る一方、地上の人々は家や仕事を失い、森に飲み込まれた場所で貧困にあえいでいた。性急で強引な政府のやり口に対し、ゲリラ的に立ち向かう反政府組織『メタル・エイジ』。その若き総裁は18歳の少女、國子。地上に住む人々に平和を与えたいと願う國子の意志とは逆に、メタル・エイジの活動によって多くの命が失われていく。メタル・エイジは、アトラスは、東京は、そして世界はこれからどうなっていくのか。
 パワフルな小説である。炭素経済の仕組みがよくできているため、日本政府とメタル・エイジが物理的な戦いを繰り広げる一方、幼い少女、香凛を中心とした集団がメデューサと名づけたシステムを用いて世界経済を翻弄していくさまがおもしろい。國子がいわゆる暴力的なテロリストであるならば、香凛は経済テロリストである。その上に、十二単を身にまとい、牛車に乗ってアトラスと地球を行き来する暴君、美邦が加わり、物語は何層にもなって絡みあってゆく。しかもこれが、暗くない。
 メタル・エイジ総裁としての帝王学を身につけさせられた國子だが、育ての母親はニューハーフのモモコ。下ネタとツッコミだけで成り立つような会話の中で育てられた少女の行く末が恐ろしくなるのは……周囲の連中だけではない。男性も出てくるのだが、どちらかといえば、これはパワフルな女性の物語。どんな戦闘の最中だって、化粧直しとファッションチェックは忘れない。どんなことがあったって、死なない女たちが繰り広げる舌戦、陰険な応酬、卑怯な手段。底に流れる母性、同士愛、さみしさや優しさ。
 小説というよりは、アニメや漫画といった雰囲気で楽しめるのではないだろうか。長さはまるで苦にならないはず。これは絶対のオススメである。



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