いかに撃剣を練磨し、鉄砲に通暁したところで、その背後にある国力が台頭に敵し得るのでないかぎり、どうにもならないのだ。
                 
「薩摩スチューデント、西へ」 林望 光文社

 1865年。薩英戦争によって、彼我の差を思い知らされた薩摩藩は攘夷の不可能を悟り、いち早く諸外国の知識を身につけ、対等に交易をおこなう人材を養うために選び抜いた十五人の若者をイギリスに留学させた。その中にはいまだ攘夷を唱えていたが、藩主島津久光、家老小松帯刀らから、世界の趨勢を知ることこそが藩への忠義だと言い含められて渡航を決意した者も交じっていた。しかし、香港、シンガポール、インドをめぐる船旅の中で、すでに圧倒的な技術の差を見せつけられた藩士たちは、攘夷など空論にすぎず、むしろ国を開き、国を富ますことで軍備を整え、植民地化させることない日本の独立を目指すことこそが攘夷の真の目的につながるのではないかと思い始めていた。
 刀を取り上げられ、髪を切り、獣の肉を食らう。洋式トイレに驚き、窮屈な靴に苦労する。何もかも慣れないことばかりの中でも、船酔いを慰めてくれるアイスクリンの技術に驚き、習ったばかりの英語が通じたことに喜ぶ。そんな生き生きとした若者たちの姿が描かれている。イギリスに留学する話かと思っていたら、イギリスでの話はごくわずかで、物語の三分の二程度は船旅と寄港途中の国々で珍しいものに出会った彼らの衝撃や感嘆の姿を描いたもの。しかしそれがまたとんでもなく面白い。英語もろくに話せないのに、イギリスの大学で軍学を学ぶことを命じられる――などという発想をした薩摩という藩の力強さを思い、それに応えた若者のひたむきさに感動する。
 いっけん難しそうな歴史小説のような気がするかもしれないが、世界に目をむけた若者たちの青春群像小説といった趣のほうが強い。長さは決して苦にならない。オススメ。



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