砂漠のど真ん中で、信頼はすでに失われた。疑心暗鬼が高じれば、それは街への生還を危うくする。
             
   「砂漠を走る船の道」(「叫びと祈り」所収) 梓崎優  創元社

 外語大を卒業し、七ヶ国語を操ることを重宝されている斉木は、勤務先の情報誌のための取材で世界各国を訪れることになった。アフリカ大陸の広大な砂漠のど真ん中に来たのも、そのためである。キャラバンの人々は、彼らとはまるで違う日本人をあたたかく受け入れ、それぞれにキャラバンの生活を誇り高く語った。しかし、貴重な塩の板を手に入れた帰り、砂漠の道を知る唯一の存在、キャラバンの長が砂嵐のために死亡。その後、斉木も入れて四人しかいなくなってしまったキャラバンで起こる殺人事件。自分が犯人でないことは分かっている。としたら、犯人はどちらだ? いったいなぜ、殺さねばならないようなことになったのだ?
 連作短編集。
 伝説の残るスペインの風車の丘で繰り広げられる人体消失の謎。ロシアの修道院でおきた殺人事件。アマゾンの密林の奥で発生した病と、残虐な連続殺人。
 異国の地で淡々と生活しているように見える斉木は、超人的な推理の冴えを見せるわけでもなく、(たとえばマスター・キートンのような)生存の知恵をもっているわけでもない。語学ができて、ちょっとだけ推理力があるという程度の「ふつう」の青年、語学がやたらできて海外生活が長いために、日本社会の中ではどこか一歩引いているような彼が、さまざまな事件に巻き込まれるところにこの小説のおもしろさがあるのだと思う。
 全体のトーンは暗くて渋め。明るいどたばたが好きな人には向かないと思うが、たまにはこういうじっくり系のミステリもいいんじゃないかと思う。



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