「アルマはここまで、って限度を知らない。一度、誰かを信用したら、危険信号がいくら出ていても、全然目にはいらなくなる」
                   
  「災厄の紳士」D・M・ディヴァイン(中村有希訳) 創元推理文庫

 パリの地下鉄で、ネヴィル・リチャードソンはイギリスからやって来た美しい令嬢、アルマ・ヴァランスに近づいた。彼女の家柄も、つい最近起きた悲劇的な出来事もすべて知った上で。これまでの怠惰なジゴロ稼業ではお目にかからなかったような若く美しい相手、そして大きな勝負。これがうまく行きさえすれば、大金持ちになれるのだ……。しかし、思ったよりもアルマは一筋縄ではいかず、そのお嬢様ぶりにもいらついてしまうネヴィル。すべてが終わるまで、あと少し。そう言い聞かせて耐えるネヴィルには、自分の身に思ってもみなかった災厄が降りかかろうとしていることなど、気づけるはずもなかった。
 原書房2010本格ミステリベスト10海外ランキング第1位。『週刊文春』ベスト10第7位。うーむ、これが1位なのはよくわからないが、とりあえず7位くらいならわかるかな(苦笑)。
 物語は中盤、思いもかけないことが起きたことから、アルマの姉、サラを探偵役にして進んでゆく。身勝手な夫、言うことを聞かない子どもたち、娘のことを家政婦くらいにしか思っていない父親。家庭内の雑事を一手に引き受けながら、誰にも感謝されず、誰からも尊重してもらえないサラ。ときに絶望しつつも、続いてゆく日々の中で、苛立ちをエネルギーに変えて生きていくサラの姿は力強く、ひとつずつ積み重ねるように謎を解いていくのもよい。
 美人の妹ではなく、生活に押しつぶされそうな姉を探偵役にしたところがポイントか。全体に、ろくでもない男性VS生きようとする女性、というような構図かも。



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