自分が移転させられようとしていた土地が安全なところか否かというのが、問題なのではない。多少の覚悟はあったものの、あまりにも露骨に国家によって不用の烙印を押されたことには怒りよりは絶望を覚え、いったいどうしたらいいのかわからなかった。
             
  「斎藤家の核弾頭」 篠田節子 朝日新聞社

 国家能力別総分類制度が導入されて30年。日本では人々が能力や家柄によって細かく階級分けされていた。斎藤総一郎は、その中にあってクラスS・A、特A級として、能力、体力、性格、家柄、すべてにおいて優れた最高裁の裁判官だった。D級市民の家から斎藤家に嫁いだ美和子にとって、そんな夫は当初夢のような存在であったが、特A級市民として優秀な遺伝子を残すことを義務と心得た夫により、休む間もなく妊娠させられ、いまでは六人目の子どもがお腹にいる。しかも文明年間に祖先が太田道灌から下賜されたという土地に立つ一軒家はいまにも崩れ落ちんばかりに老朽化している。子どもから自由になりたい、家庭から自由になりたい、せめて、もっと広い家に住みたい。
 そんなある日、裁判機能のコンピュータ化により総一郎は無職となり、老朽化した家もまた親戚一堂の重みで崩れてしまう。一時的な避難場所だといって連れて行かれたその土地は、庭も広く、緑に囲まれた美しい土地ではあったが、C級以下の市民しかいないところでもあった。そしていま、またもや強引な政府によって、その土地の住人すべてが別の土地へと強制移転させられようとしていた。多くは語らない政府だが、移転先はナリタニュータウン、原子力発電所跡地として、居住には不適とされている場所であった。住人たちは政府にとって不用な人間、安全性の確認のための人体実験材料でしかなかったのだ。特A級だった自分が不用の烙印を押されていたことでショックをうける総一郎。斎藤家の家長として、特A級の誇りにかけて、彼は「英雄」になる道を選択する。
 ……男って。
 無駄なプライドのために、いつしか論点がズレにズレていることにも気づかない。総一郎の暴走ぶりはあまりに馬鹿らしいのだが、それゆえにこそだろうか……「なんかわかる、こういうやつっているよね」と思わせる。
 父親のコピーのように振る舞う長男、反抗的な長女、いったんはボケるものの、女として自立していく義母、など、斎藤家の面々も個性的でよい。中でも末娘の小夜子は格別。大人たちの思惑によって急速に生き、死んでいかねばならない少女の一生。この物語は小夜子のためにあるといっても過言ではない。律儀でいい人からの就職祝いオススメ本。これはいい本でした。



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