あなたの理屈が見えないことは、これからだって、きっとある。そちらから、こちらが見えないことも。――いい悪いではなくて、そういうものよね。
           「月の砂漠をさばさばと」 北村薫(絵 おーなり由子) 新潮文庫

 さきちゃんのお母さんは、お話を作る人。だから、眠る前のひととき、さきちゃんはできたてのお話を聞ける。けれど、この本は別に、お母さんが語る毎晩の話、ではない。
ふたりは毎日毎日をとても大切に過ごしていて、なんだか切なくなるほどだ。いつだってお母さんが真剣に自分を扱ってくれる、見てくれていると理解しているさきちゃん。こうしている時間の、日々の、どれだけを娘が大人になったときまでおぼえてくれているだろう、と思ってしまうお母さん。さきちゃんとお母さんのあいだには口にされることのない「お父さん」ということばがあって、おそらくは口に出すことができないために傷を背負いつづけてしまうだろう娘へのいたわりもお母さんの中にはある。
 かわいい話だ、というひともいるだろう。ですます調だから読みやすい、絵がついているから簡単そう、と。でも、これはもしかしたら「お母さん」向けの話なのかもしれない。成長しつつある娘、いつか手元を離れてしまうだろう娘との限られた時間を大切に生きようとするお母さん。娘でありながら、母の気持ちもわかるような年齢になりつつあるいまだからこそ、より深い感動があったのかもしれない、などとも思うのである。



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