「見ての通りですが、説明しますと蟻が集合して携帯電話に擬装していたのです」
「蟻が?」
「そうです、そうです。繰り返しますが、この携帯電話はつまり蟻の集合体であったのですよ。化けていた、といってもいい」
              
  「鸚鵡幻想曲」(「竜が最後に帰る場所」所収)恒川光太郎 講談社

 楽器店で電子ピアノを購入した宏に近づいてきた男は、アサノと名乗った。アサノは幼いころから身のまわりにある異物を発見する力を持ち、さらにはそれらを「解放」することもできるのだという。実際にやってみましょう、というアサノが触れると、携帯電話だったはずのものはあっというまに形を失い、残されたのは右往左往する蟻の集団。アサノはそれらを擬装集合体と呼び、まさしく宏が購入したピアノこそがそうだというのだが……――
 ふとしたことで知り合った女を偽る「風を放つ」虐待されていた少年が成長して行った復讐(?)譚「迷走のオルネラ」、冬の夜にだけおこる不思議な出来事を描いた「夜行の冬」など五編を収めた短編集。中でも「鸚鵡幻想曲」はネタばれになるので多くを語れないのが残念だが、絶品。
擬装集合体を「解放」するといっているが、アサノがしたいのはただ自分の快感を得たいだけ、自分自身が集合体をばらばらにしたいだけだ。蟻が携帯電話に擬装して何が悪い? というようなことを考え始めると、その後の宏とアサノのふたりの姿が別の角度から見えてくるのだと思う。
 ノスタルジックでちょっと不思議で。恒川光太郎、ハズレなし。
 


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