「でも、それが私の図書館です。私は自分の理想の図書館をつくろうとしているのです」
       
 「ある老人の図書館」(「老人のための残酷童話」所収) 倉橋由美子 講談社

 気が遠くなるほど長い一本の廊下からできている図書館の話である。廊下は蛇のようにとぐろをまいて、中心部の方に下がってゆく。廊下の片側、全体の中心部に向かった側に窓があり、その窓際に長い切れ目のない机が続いていて、それが閲覧席。その廊下の反対側が書架になっている。この図書館には前世紀までに出版されたすべての書物が集められているため、これから先、蔵書が増えることはないし、一冊でも失われることは許されないので、館外貸出しは禁止。そのような図書館であるので訪れてくる人は少なく(そもそも人々が読書というものに関心を失ってからも長い歳月がすぎている)、多い日でも十人を越えることはない――が、ただ一人だけ、毎日訪れる老人がいるのだ。
 おじいさんなのかおばあさんなのかもわからないその老人は、入り口に近いところから始めて、すべての本を読破する予定でいるという。老人はひたすら読み続け、頭の中に理想の図書館ができつつある、という。そのうちにこの図書館も24時間サービスに踏み切り、開館時刻に入館し、閉館時刻に帰っていった老人の姿が見られなくなる。どうやら老人はこの図書館に住みついてしまったらしいのだ。それでもしばらくはほうっておいたが、館内に生存しているのもあやしいのではないかという意見を否定できず、図書館員たちは恐る恐る、これまで足を踏み入れたことのない図書館の奥に足を踏み入れてゆく――
 短編集。「大人のための残酷童話」(あ、これもしかしてオススメ文書いてないかも)よりも、「老人」と銘打っているだけあって死や老いを取り扱ったものが多く、またその描き方は容赦がない。正直にいえば、これを30,40代くらいの作家が書いたら、世間から批難の嵐が吹き荒れる可能性もある。しかし、倉橋由美子が書くからこそ、残酷なほどに醜い老いもどこか透き通っていて、「童話」らしいとぼけた味もある。
 それにしても、この図書館はおもしろそうだったので思わず長々紹介してしまった。既刊のみで増えることがない、螺旋状の図書館。ちょっとシュールで、訪ねてみたい気分になるのはわたしだけなんだろうか。



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