この道には神の言葉を伝える人間が一人もいない。みんなおれを残して消え去り世界を一緒に連れていってしまった。そこで問う。今後存在しないものは今まで一度も存在しなかったものとどう違うのか。
            
    「ザ・ロード」コーマック・マッカーシー(黒原敏行訳)  早川書房

 世界は灰をかぶったようにつねに薄暗く、少しずつ確実に冷えている。よくなる兆しはなく、むしろ徐々に悪くなる一方。飢えや暴力で死にゆく人々。人肉を喰らってまで生き延びようとする人々。そんな世界の中で、男は息子を連れて南への道を歩く。このままでは冬を越せない――その思いから南を目指した男の旅は、いつも死の予感と隣り合わせでもある。乏しい食料を分け合い、他の人間には見つからないように身をひそめ、ただただ歩き続ける親子。少年はこの世界以外を知らない。だが、男の語る勇気と正義のお話で育った少年は、不思議なほどに無垢で天使のようにやさしいのだ。枯れ木のような老人に同情し、自分たちの持ち物を盗んだ男に何かを分け与えようとまでする。こんな少年が自分の死後、生きていけるのだろうか? 忍び寄ってくる己の死を前に、男は誰かに殺され、食べられてしまう前に少年を道連れにすべきかどうか迷う。
 断片的な章がいくつもつらなって、ときには現在と過去とを行き来しながら物語が進んでゆく。
 父親である男は少年を守ることで生きている。自分ひとりであるなら生きられなかっただろう世界で、息子を守ること、それが男の生きる理由になっているのだ。ゆえに男は自分たちを守るために人を傷つけ、誰もいなくなった家から食料を盗み出す。一方、そんな世界しか知らない少年だが、父親に守られ、自分たちは火を運ぶ善い者だという確信に満ちて生きている。その少年の純真さが、ときに男にとっても思いがけないほど強く心に響き、それがまたさらなる男の支えとなってゆく。
 映画『ノーカントリー』の原作「血と暴力の国」の作者、コーマック・マッカーシーの最新作。2007年度ピュリッツァー賞を受賞し、映画化も予定されているという。
 作者自身が幼い息子に捧げるかたちで書かれたものとあって、少年の愛らしさと、父親の愛情、死にあふれた世界の中で、それでもなおかつ失われない優しさなどが丁寧に描かれている。オススメ。




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