「ポオ候補生はどうでしょう?」
 ふたりが黙り込んだのは、その名を知らないせいにちがいないと、わたしは思った。だが、そうではなかった。
「ポオを?」
                
   「陸軍士官学校の死」ルイス・ベイヤード(山田蘭訳) 創元推理文庫

 引退して郊外の小さな家で暮らす元警官のガス・ランダーのもとに、ウエストポイント陸軍士官学校からの呼び出しがかかる。首つり自殺をした士官候補生の遺体が動かされ、心臓がくり抜かれた……というのだ。だが、捜査の過程でランダーは、それがそもそも自殺ではなく殺人であったことに気づき、状況から考えて内部の者の犯行に違いないことを指摘する。そしてランダーは、この陸軍士官学校の存続を願うセアー校長に対して、内部の協力者が必要だと願い出て、ふとしたことで知り合った候補生、ポオの名をあげる。才気煥発な一方、夢見がちな詩人といった面を持つエドガー・アラン・ポオ候補生。酒を飲み、宿舎を抜け出し、授業をさぼる落第ぎりぎりの青年ではあるが、ランダーにとってはまたとない協力者でもあったのだ。物語は、ランダーの手記と、ランダーにあてて書いたポオの報告文とで進められていく。とはいえ、ポオの報告書はときには水の精や木の精についての詩であり、さらにポオが恋に落ちてからは、美しい令嬢リーに対する称賛の言葉のみになってゆく……
 ランダーとポオ。それぞれにどこか枠から外れ、孤独を抱えた男たちが出会い、事件を追うと同時に友情を深めてゆく。夜毎に活発にかわされる論議は、ほとんどまったく事件に関係のないものばかり。とはいえ、事件がひとつだけで終わったわけではない。同じように心臓をくり抜かれた羊や牛。そしてさらなる殺人事件。ふたりは真相を暴くことができるのか?
 ポオの登場ばかりを楽しんでいると、最後の最後で足をすくわれる。いやまさかこんな、そういうオチなの!? ある意味、ここ最近でいちばん驚愕したミステリといっても過言ではない。
 IN★POCKET文庫翻訳ミステリーベスト10(2010年11月号)総合部門第2位。



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