言葉だけは捨てられない。沈黙だけは耐えられない。愚かと承知していながら、あえて口に出す人間をこそ、人は真にインテリと呼ぶのではなかったか。
            
  「王妃の離婚」 佐藤賢一  集英社文庫

 1498年フランス。時の王ルイ12世が王妃ジャンヌに対して起こした離婚訴訟を傍聴するひとりの男がいた。ルイ11世によりパリを追われ、愛する女とも別れ、いまはナントで弁護士稼業につくフランソワ・ベトゥーラスである。当初、自分を零落させた暴君ルイ11世の娘ジャンヌが一敗地にまみれるのを眺めに来ていただけだったはずのフランソワだが、思いもかけない成り行きから、ジャンヌの弁護を引き受けることとなる。王の思い通りになどさせてなるものか。かつてパリ大学法学部にその人ありといわれた伝説の男が立ちあがった。机上の空論ではなく現場の弁護士としての自信が、かつての論敵など歯牙にもかけぬ自信にもつながり、フランソワは傍聴人たちの援護も得てついには王を裁判の場へと引きずり出すことに成功する。だがそれは同時に、苦い敗北の予感をも匂わすものだった……
 現在の離婚裁判の合間に、かつて別れざるを得なかった愛する女との青春時代の思い出がよみがえってくるのは仕方のないことだ。若く、愚かで、だからこそあざやかな日々。心から愛し、愛されていたはずの女と結婚できなかった自分が、結婚にしがみつく女性の弁護をする。裁判のおもしろさもさることながら、フランソワの心の揺れの丁寧な描き方が物語を盛り上げている。
 中世パリ版リーガル・サスペンス。フランソワの過去にも謎めいた部分が残されているので、最後まで飽きずに読めること請け合い。直木賞受賞作。



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