――今、間近に迫った、自分の死を感じる時、そう思えてならないのです。もはや確かなものは、一瞬に燃え上がる《純粋》しかない、と。
                  
「リセット」 北村薫   新潮文庫

 第一部は「わたし」、水原真澄の語りで始まる。友人の八千代さんほどにはお金持ちのお嬢様ではないけれど、物資が不足する戦争直前の時期に優雅にかるた取りに興じることのできる少女。通っている私立の学校も連絡網はすべて電話で行われるなど、実感として戦争やその社会を感じるにはやや遠い場所にいる。けれど、彼女たちも徐々に戦争の影を感じ始める、そんな時代。友人の兄が徴兵され、学校が閉鎖されて軍需工場となる。その中で、「わたし」は友人の従兄である修一さんにほのかな想いを抱いていた。ふたりを結びつけるいくつかの出来事。けれど時は苛酷に迫り――
 困った。書けば書くほどネタばれになってしまいそうだ。とりあえず、ふつうよりはややお嬢様の水原真澄の第一部のあと、第二部はがらりと様相を変えて、ある中年(老年?)男性の昔語りになる。体調を崩して入院した彼は、いまのうちに子どもたちに語り残しておきたいことがある、と彼が小学校高学年から中学生までの数年間の出来事をテープに吹き込み始める。幼い日々の日記を基にしながら、けれど書かれていないからこそ重要なエピソードをまじえて。それは村上少年と「おばさん」ほどの年齢である水原真澄さんとの不思議な恋の物語。
 リセット。なんとなく、リセットボタンというと「やり直し」というよりは、「いったんゼロに戻してしまう」イメージのほうが強くなってしまうが、この物語の場合はまさしく「reset」、ふたたびセットする……置きなおす、継ぎなおす、はめなおす、という意味だろう。
 戦時中の少女の話が長いので、一瞬、北村薫がついに戦時中少年少女もの(たとえば今江祥智の「ぼんぼん」みたいな)を書くようになったのかな、と思った。真澄さんがあまりにぼけっとしたお嬢さますぎて、はじめはいまいち乗り切れなかったことも事実。けれど、第二部、村上少年の話になってからは俄然おもしろく、終盤近くは泣けて泣けてしかたなかった。最後に宮部みゆきと北村薫の対談があって、その中で宮部みゆきが好きな言葉としてあげているものがあるのだが(ネタばれになるのであげなかったが)、ほんとによかった。あの言葉の持つ重みや深さが胸にせまる。
 「スキップ」「ターン」「リセット」の三部作の中で、本当の意味で「時」を感じさせてくれたのは、実はこの作品かもしれない。
 幾度も星は流れ、そして時はめぐる。地上では詩が生まれ、歌が作られる。人々は、絶えることなく、それぞれの物語を、各々の言葉で語り続ける。
 そして時は流れ、星はまためぐり続ける。

 生きることの切なさと強さを感じさせてくれる、そんな佳品である。



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