「図書館には本しかない。でも本だけはある。お前ら、この中にどれだけの広い世界がつまっているか、知っているか? 知らないだろう? だったらまず、知ろうとしろよ」
             
「れんげ野原のまんなかで」森谷明子  東京創元社

 ススキ生い茂る斜面の真ん中に立てられた秋庭市立秋葉図書館。秋庭市の要請に応えて、地元の大地主、秋葉のだんなが寄付してくれた土地に建つ、こじんまりした建物だ。市の外れにあることから、利用者の訪れはさほどない。ところが、いつの頃からか、図書館員の目を盗んで閉館後の図書館に居残ろうとする小学生が次々にあわられる。彼らの目的はいったい何なのか? そして、同時に増え始めた奇妙な落し物の謎は?
 連作短篇集。
 作者は図書館のことをとてもよく知っているのだと思う。図書館員か、少なくとも司書の資格は持っているに違いない。図書館及び図書館員の描き方が、非常に正確である。物語の中に、利用者の個人情報(貸出の記録を含む住所氏名)が漏洩するという事件があるのだが、そのとき、図書館員の文子は息を切らせながらこういうのだ。
「たとえば、秋葉さんだって、どんなに喉がかわいていたところで、道端に落ちている栓の開いたジュースの缶を拾って飲んだりしませんよね? いくら欲しくても、それを口に運ぶなんて、生理的に、本能的に、体が受けつけませんよね? それと同じです。あたしたち図書館で仕事をする者にとっては、お客様の個人情報をみだりに他人の目に触れさせるなんて、まず、理屈じゃなしに本能のレベルでストッパーがかかるものなんです」
 そうなんです! そういうことがわかってないと、図書館をネタにされてもいまいち納得できなかったりするのである(加納朋子の某書とかね…)。その点、この作者はとてもよい。しばらく前、小説家志望の知人とこんなやり取りを交わしたばかり。
「探偵役の数人が、図書館に行って司書さんに家族が借りていた本の題名を訊く、ってのありかなあ?」
「なしなしなし! 絶対なし! たとえ妻であろうと娘であろうと、本人以外の人が借りた本を、図書館員は絶対に教えません!」
 基本中の基本である。
 大学図書館関係の某誌にも、つい最近、ドラマでの司書や図書館の描き方がなってない! と愚痴とも批判ともつかぬものが掲載されておりましたが、カウンターでおしゃべりし、暇だからとキムタクを話し相手に呼びとめちゃう司書。働きながら片手間に主婦が資格を取ろうとして選んだ資格が司書資格。そういうものじゃないんです…!
 新米司書の文子は、優秀な先輩方に鍛えられ、ジャンルを問わずに本をたくさん読み、講演会に出かけ、毎朝せっせと書架整理に励む。何よりも利用者に使いやすい図書館にするために。この本をこの本に忠実にドラマ化してくれたら、図書館を広く世に知らしめるいいきっかけにもなるんじゃなかろうか。誰か単発1時間でいいからドラマ化してくれ。……と、思うくらいに正確である。図書館関係者が安心して読める一冊(笑)。
 存在しない分類記号の記された本のコピーと、並べ替えられた洋書絵本の謎。失われた写真集。突然現れた、廃校になった中学校図書室の本。
 季節は移り変わり、秋葉図書館は図書館員たちの努力と市の循環バスのおかげで利用者も順調に増え、そしてススキ野原はれんげ野原へと変わる。まだまだ新米司書である文子の、口には出せない淡い恋も、雪解けとともにとけてゆく。
 本好き、図書館好きにはたまらない台詞も満載。
 謎解きと、それに関連した本と、図書館の雰囲気と。すべてが見事に織り上げられた佳品。オススメの一冊。

(きっと、「図書館ってドラマにしたら絶対面白いよ、ERみたいな話ができるもん」といっていた、図書館をこよなく愛するTさんも、きっとこの本は気に入ってくれるに違いない……)



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