この物語を読んではいけない。早くページをめくって。読めば、あなたは動揺するだろう。いずれにせよ、あなたもたぶんご存知の話だ。これは人を不安にさせずにはおかない物語である。
 「スズタル中佐の犯罪と栄光」(「鼠と竜のゲーム」) コードウェイナー・スミス(伊藤典夫・浅倉久志訳) ハヤカワ文庫

 いまわたしたちは「シェイヨルという名の星」や「第81Q戦争」などを通して、コードウェイナー・スミスの描き出す奇妙にも恐ろしく魅惑的な未来史、「人類補完機構」について多くのことを知ることができる。人々を政治的、宗教的に指導する補完機構の長官やレイディ、善玉としても悪玉としても登場するヴォマクト一族、犬娘のド・ジョーンや猫娘のク・メルといった下級民たち。
けれど、わたしが初めてコードウェイナー・スミスと出会った当時、発刊されていたのは短編集「鼠と竜のゲーム」と長編「ノーストリリア」だけだった。これはいったいどういう世界なのだろう? 人工的に生きる死体となった者たちに操られる宇宙船、星の海に魂の帆をかけてわたる女、限りない長寿を約束するストルーンと、それを守る「ママ・ヒットンのかわゆいキットンたち」。異様で、異様すぎて、ひきつけられずにはいられない数々の物語。
 他の短編集にはもっとお気に入りの作品もあるのだが、とりあえずわたしが一番の作品をあげるとしたら、「燃える脳」だと思う。
平面航法の時代、宇宙でも最高の船のゴー・キャプテン、マーニョ・タリアーノと、その妻、ドロレス・オーの物語。人並みはずれて驕慢なため、だれもが受ける若返り処置を拒み、醜く年老いてしまったドロレスとキャプテンの物語は鬼気迫るほどに美しい。できれば、「燃える脳」の最後の一文をこそ冒頭に掲げたかった、とは記しておこう。それは自分の目で、ぜひ確かめてもらいたい。



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