焼けて半壊したあの家は、何もかも知り、何もかも呑み込んでいた。
 あたしは、それを知りたい。あの家が知っていたことを知りたい。唐突に、滋子は悟った。それがあたしを動かしているのだ。
              
  「楽園」 宮部みゆき 文藝春秋

 あたしは知りたい。謎を解きたい。そんな資格なんかない。権利もない。同じようなことをして、手痛い失敗をした過去もある。なのに、あたしはまだ懲りてない。
 "例の事件"から9年。あまりにも事件に深くかかわりすぎた故に、さまざまな非難や励ましを受けてもあの事件を本にすることはなく、ライターという仕事からも遠ざかっていた前畑滋子は、いまようやく少しずつ筆を執り始めていた。だが、いまの滋子が扱うのは事件や事故ではない。そんなある日、滋子のもとに持ち込まれた相談は、不可思議なものだった。今年の春先に交通事故で亡くなった少年が遺した絵に、少年が知りえるはずもない事件が描かれていた、というのだ。半信半疑で少年の母親に会った滋子に見せられたのは、確かに、十六年前に両親に殺され、今年になって焼失した家の床下から掘り出された少女の姿を描いた絵だった。だが、これだけで少年に人とは違う能力があったといえるだろうか? 残されたスケッチブックをめくっていた滋子の目に、あの"山荘"が飛びこんできた……
 「模倣犯」9年後。いまだ、前畑滋子といえば、例の事件に深くかかわったライターとして、ときには物珍しげな、ときには称賛の、ときには非難の目が向けられる。今回、さまざまな調べ物をするにあたっても、前畑滋子の名が障害になってしまうこともある。だが、それさえすべて受け入れて、いまふたたび、立ち上がろうとしている滋子の姿がよい。
 失ってしまった子どもを悼み、その子の思い出を辿るために、彼の能力の真偽を明らかにしたい、と願う母親。その思いから動き始めたはずだが、少年の能力を明らかにするためには、どうしても、十六年前の事件にも関わらなければならない。どうして少女は殺されなければならなかったのか。時効を迎え、法的な罪に問われることはないにしても、世間の目を逃れ、ひっそりと暮らしている両親。新婚三か月で離婚しなければならなかった妹。彼らを傷つけてまで調べ進んでいいものか……?
 謎の解明は人の心の解明にもつながる。力強い作品になっていると思う。



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