何百人も暮らせる森の中の大きなお城で、あたしはいまひとりだけだ。
 だからあたしはほんとに、このお城の女王様だ。なんでも好きなことが出来て、だれにも怒られない、自由で幸せな女王様だ。
            
  「ふたり遊び」(「螺鈿の小箱」所収)篠田真由美 東京創元社

 あたしの名前はジェルソミーナ。去年十一歳になった女の子。
 「あたし」は、パパとママと弟の四人暮らし。賑やかな街の家から、古くて大きな《お城》に越してきたのは、毒薬が好きで、その毒薬で近所の犬を殺した弟のせいだ。そしていま、あたしはお城にたったひとり。どんなことをしたって、文句をいうパパもママもいない。ふたりは午後のお茶に注意しなかったせいで死んでしまった。いまは幽霊になってふらふらさまよっているだけ。そして、同時に弟も姿を消してしまった。ちょっと頭の弱い、けれどあたしのいうことなら何でも聞いていたあの弟は。いったいどこに消えたのだろう? あたしのことも殺そうと、息をひそめているのかしら……?
 短編集。
 ノンシリーズものを集めた、ということであるが、森の中の洋館、アンティークな小物、といったさりげないアイテムの重なりが、細いつながりを見せている。育ちきれない子ども、青春を忘れきれない老人、過去への愛惜が浮かび上がらせる残酷な真実といった点でも、それぞれの作品から立ち上る香気は似た色を見せて美しい。不気味なものを美しく描く点では、皆川博子や赤江瀑に似たものがあるだろう……と思ったら、所収作品「春の獄」は、赤江「青帝の鉾」へのオマージュだとか。納得。
 「ふたり遊び」では、お城に暮らす少女の独白から一転、職場の同僚と過去を訪ねる大人の女の現実に切り替わる。だが、彼女が過去を乗り越えていないことなど、すぐに明らかになるのだ。確固たるものとして在ったはずの現在が、過去に侵食されていくさまは、不思議と懐かしささえ伴う。現実が揺らぐ感覚を楽しみたい人にはオススメである。




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