おとうさん、おげんきですか。わたしの足のつめは、おとうさんの足のつめと、とてもよくにています。
                                  
 「ポプラの秋」 湯本香樹実 新潮文庫

 ある日、私のところに母親から電話がかかってくる。幼いころ住んでいた「ポプラ荘」のおばあさんが亡くなった、というのだ。お葬式に駆けつけようとする私の耳元でポプラの葉が鳴った。「話そうよ、話そうよ」。そして私は思い出す。父親が亡くなった後、ポプラ荘で過ごした日々、せつなくも甘い、秋の日差しのように穏やかでやさしい日々を。
 父親の急死によって、ポプラ荘に移り住んできた私と母。はじめこそ、なにも考えず静かに暮らしていた私だったけれど、ふと思ってしまったのだ。父はどこへ行ってしまったのか。私の父は一体どこへ行ってしまったのだろうか。ふくれ上がる不安と恐怖を、けれど私は、父のしを拒絶しているらしい母に打ち明けることもならず、精神的にまいってきてしまう。高まる緊張から高熱で倒れ、その後も布団から起き上がることができなくなった私に、あるとき、不気味で近寄りがたい難物だと思っていた大家のおばあさんが不思議な話を持ちかける。おばあさんは死んだ人への郵便屋さん。おばあさんが死んだとき、手紙を預けていれば死んだ人に届けてくれる、というのだ。そして私は死んだおとうさんへと手紙を書き始める……
 この本もまた、ひとの死について考えさせてくれる本だ。死んだひとはどこに行くのだろう。「死」とは「死ぬ」とはどういうことなのだろう。幼いころのことを思い出し、おばあさんによって少しずつ癒されていった日々を思い出すことで、「私」は現在の自分の生活、いま「生きている」自分をも振り返ってゆくこととなる。
自分の幼いころ、そのなごやかなやさしい日々を思い出したくなる、そんな一冊でもある。


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