十二歳のとき、おれの一番の親友は空気で膨らませる人形だった。名前はアーサー・ロス。
    
 「ポップ・アート」(「20世紀の幽霊たち」所収) ジョー・ヒル(白石朗ほか訳) 小学館文庫

 のっけから書いてしまおう……とてつもなく素晴らしい短編集である!
 「ポップ・アート」は空気で膨らませる人形、アートを親友に持った「おれ」の十二歳の日々が語られる。といっても、人形相手の空想物語ではない。アートは人間の両親から生まれた風船人間(!)で、体重百グラム、パンクひとつで死んでしまう危険性をはらみながら、なんとかみんなに溶け込もうと暮らしている少年だ。空気が漏れるような声を出すことしかできないので、いつも紙とクレヨンを持ち歩いてそれに言葉を記している。ドラッグの売人になっても仕方ないと周囲に思われている"危険人物"のおれだったが、アートと宇宙や死について語る時間はかけがえのないものだった。かがやける少年の日々。しかしそれは、自らを貧乏白人だと僻んでいる「おれ」の父親にとっては我慢できないことだった。繰り返されるアートへの嫌がらせ。そしてついに……――
 「20世紀の幽霊」はとある映画館に現れる女の幽霊の話だ。映画館の経営者であるアレックがまだ少年だったころから姿を見せ続けたイモジェーン。彼女の姿を見た何人かはのちに映画関連の仕事に就くようになった。そして、ついに老朽化した映画館が閉鎖に追いやられようとしたとき……――
 目覚めたら昆虫に姿を変えていた少年。末期の吐息だけを集めた博物館。不気味な作品を書く作者に会いに行く編集者。誘拐犯とのやりとり。両親の秘密を知ってしまったある日……ただのホラーではおさまらない、人間の奥深さにまで踏み込んだ作品群。最後の一行に驚かされることもあれば、しみじみした余韻にうっとりすることもある。とにかくこれを読まねば損! という作品ばかりが収められているのだ。
 作者のジョー・ヒル、実はスティーヴン・キングの二男とのこと。偉大な作家を親にもつのは並大抵ではないと思うが……この短編集だけでも父親を越えてんじゃないのか? むしろキングっていまいち好きじゃない、なんて人にこそオススメなのかもしれない(ちなみにわたしはキング大好きですけどね)。繰り返す。読まねば、損。絶対のオススメ。



オススメ本リストへ