「カウンセリング?」伊良部が鼻の頭に皺を寄せ、さもいやそうに言った。「無駄だって。そういうの」
「無駄?」
「生い立ちがどうだとか、性格がどうだとか、そういうやつでしょ。生い立ちも性格も治らないんだから、聞いてもしょうがないじゃん」
                
   奥田英朗「いてもたっても」(「イン・ザ・プール」所収) 文藝春秋

 カウンセリングなんてどうしようもないと口にするこの男、伊良部総合病院神経科のれっきとした医師、いわゆる精神科医である。小綺麗な総合病院の地下1階にあるこの神経科では、傍若無人、やる気があるんだかないんだかわからない注射フェチの医学博士伊良部と、露出狂の気味のある無愛想な看護士マユミちゃんのふたりがさまざまな神経症に苦しむ人たちを待っている。
 が、しかし。
 患者の悩みなどどこ吹く風、そもそも治す気があるのかどうか……強迫神経症の患者の不安をさらに煽りたてたり、携帯中毒の患者には携帯メールを送り続けたり、プール依存症の患者とは一緒になって泳ぎまくる。だが、色白デブの伊良部を薄気味悪く思っていた患者たちは、いつしか完全に自分のことをわかってくれる伊良部に対して「師匠」だと感じたり、この人しかいない、と思い始めたりして、伊良部の元に通うことで癒されたりするのである。そしてさらに完全に信頼していたはずの伊良部にいい意味で裏切られることで患者はいつしか自らを癒している。……実は名医?
 連作短編集。伊良部があまりにとんでもない上に、患者自身の悩みもとんでもなく、すらすら読めること請け合い。
 それにしても……万が一にも伊良部の病院に白鳥が来て、そこに榎木津が通院することを考えたら……頭痛いっす(苦笑)。



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