「あたしは身の潔白を証明したいねん。あたしは正真正銘の乙女やねん。乙女らしからぬことなんかしてへん。あたしは身の潔白を証明できる言葉に出会うのを待ってるねん。あたしを乙女やって証明してくれる言葉を待ってるねん」
                 
 「乙女の密告」 赤染晶子 新潮社

 京都の外国語大学に通う乙女たちの中でも、バッハマン教授のスピーチ・ゼミの乙女たちは精鋭部隊である。血を吐くまでドイツ語を暗記して、辞書をひきまくる。彼女たちにとって、自分が乙女であるかそうでないかはとても重要なことなので、あらぬ疑いをかけられた者は、一瞬にして居場所を失う。バッハマン教授によって「すみれ組」と「黒ばら組」に分けられた乙女たちのうち、テキストでもある『アンネの日記』をこよなく愛するみか子はすみれ組だ。しかし、親友の貴代は黒ばら組であり、みか子の憧れでもある、スピーチコンテストの女王、麗子様もまた黒ばら組だ。つねにストップウォッチを手放さず、スピーチに命をかけている麗子様だが、ある日、そんな彼女にバッハマン教授との黒い噂が流れた。みか子は噂を信じないが、信じないことがまた、乙女でないことの証明にもされてしまう恐怖。しかも、とある出来事から、みか子自身もまた噂の標的とされてしまう。はたしてみか子は乙女であることを証明する言葉を見つけることができるのか。
 とにかくひたすらに勉強に打ち込む姿はストイックだが、その一方で、噂やお喋りといったものから逃れられない乙女たち。噂に怯えながらも、ひたすらに真実の言葉を求めるみか子。作者はその姿に、隠れ家のアンネの姿を重ねる。密告におびえ、オランダ人になりたいと綴ったユダヤ人のアンネ・フランク。
 『アンネの日記』の絡ませ方が見事。エキセントリックなバッハマン教授や麗子様といったキャラクターもよい。第143回芥川賞受賞作。



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