大川を渡れないことが、これほどきつい縛りになるのか……
                       
   「大川わたり」 山本一力 祥伝社文庫

 大工の銀次は幼いときに両親と兄と離れ、以来ずっと一人で暮らしてきた。腕のいい大工に育ててくれた棟梁が思いがけない騒動で亡くなってからも、腕のいい銀次は流しの大工として稼ぎの多い暮らしをしていたが、そんな稼ぎの多さをともに喜ぶ家族はいない。そんな寂しさが銀次を博打へと向かわせ、気づけばわずか半年で二十両もの借りを作っていた。持ち金をすべて渡しても足りず、ついには仲間を賭場に引き入れる役をも強いられたが、ある日、銀次によって賭場に引き込まれた鏝屋の一家が夜逃げしたことから、銀次の目が覚める。このままではいけない……。あくまで堅気の暮らしをしながら、借金を返したいという銀次に、猪之介親分が出した条件は、二十両きっちり返せるようになるまでは、決して大川を渡らず、大川の西でだけ暮らすことだった。
 なじみのある深川を出て、土地勘のない日本橋で暮らすことになった銀次だが、支えとなってくれる人々にも恵まれ、大工から呉服屋の手代になって懸命に働く。だが、そんな銀次をおもしろくない眼で見ていた男たちがいた……
 当初、大川の西でだけ暮らすという縛りは、それほどの障りになると思われなかったが、実際に生活をしてみると、行けない場所があるということは、その分、他人の手をわずらわせるということにもなる。そんな負い目を感じながらも、まっすぐに生きようとする銀次の生き方がよい。
 銀次が手代をつとめる呉服屋の千代屋から千両をかすめとろうという大がかりな仕掛け。大川を渡れない銀次に、この仕掛けの片をつけることはできるのか……?
 あとがきを読むと、この本の元はある長編小説新人賞で落選したものなのだとか。たしかにやや粗い部分もあるが、かえってさらさら読める作品になっている。気軽に読める時代小説としてオススメ。



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