過去を変えられないんじゃない。僕が変えたくないんだ。歴史を作っているのは、この時を生きている自分自身。
             
 「おもひで屋」 上杉那郎  ハルキ文庫

 甲子園出場を目前に、一年生部員の不祥事で出場を逃した西沢素晴。プロのスカウトからも注目されていた超高校級ピッチャーだったが、こうなってしまったからには将来が開けているとも思えない。しかも、長いあいだ植物状態だった母まで亡くし、素晴は何もかもやる気を失ってしまう。そんな彼のもとに届けられたのが、「想い出チケット」という不思議なチケットだった。過去のある時点に戻って、想い出を手に入れられるというそのチケット……――。半信半疑の素晴だったが、どうせ失うものなどなにもない。チケットを使って、素晴が戻った過去とは、高校生だった母親がまだ生きていて、植物状態になった母親を置き去りにして失踪してしまった父親が甲子園を目指している、そんな世界だった。
 両親の記憶がまったくない素晴にとって、若き日の両親の姿は、懐かしいというよりも物珍しく、けれどやっぱりどこか切ない。血のなせる技なのか、ほとんど同じ顔形をしている父親に代わってマウンドに立つ素晴は、自分のために、そして両親のためにも、過去を変えようとするのだが……――
 タイムスリップだが、物語の中心になるのは、やはり自分の両親と会う、という部分なのだと思う。案外すんなりと素晴を自分の子どもだと認める母親と父親だが、その時点では同い年で、むしろ素晴のほうが彼らに教えてやるようなこともある。そんな相手との記憶を<両親>のものとして持つことなんてできるのか……? と、そのあたりもみどころか。ほのぼのしていて、どこか切ない。素敵な物語となっている。
 


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