死を忌むべき悪としてとらえ、生に絶対の価値を置く今日の不幸は、誰もが必ず死ぬという事実の前で、絶望的な矛盾に直面することである。
                
「納棺夫日記」 青木新門  文春文庫

  とうとう「納棺夫」にされてしまった。
  帰宅して、辞書を繰ったが、納棺夫という用語は見当たらなかった。


 本の中ではこのように淡々と書かれているが、実際の日記では、

  納棺夫と言われた。嫌な気がした。納棺夫という用語は広辞苑にない!

 と書いていたようだ。
 「嫌な気がした」という一文がないだけで、ずいぶん印象が違う。だがこれは、実際に日記を書きつつあったとき……借金を返済するため、子どものドライミルク代を稼ぐために、いやいや納棺の仕事をしていた時期に書いたつれづれの「日記」と、とある出来事をきっかけに、納棺の仕事に、納棺夫という仕事に真摯に取り組み始めた後で書かれた「納棺夫日記」との差であるのだと思う。だからこれは、あとがきで筆者も書いているように、本物の日記ではないし、とはいえエッセイというのとも違う、なんとも不思議な作品となっている。
 酒と女に溺れながら、詩人や画家の集まるようなパブをいい加減に経営していたら、当然のごとく借金まみれになって店を閉じねばならなくなった。それまで近づいてきていた友人たちもあっという間に姿を消し、激しい夫婦喧嘩の末に妻が投げつけてきた新聞の求人欄を見て、納棺の仕事に関わるようになる。だが、彼はそれを最初、家族にも親戚にも告げることが出来ない。死に関わる仕事を、どうして卑下しなければならないのだろう。人の死に多く触れるうち、死について、生について考えてゆく。
 「おくりびと」アカデミー賞受賞につられて読んでみたが、これがどのように映画化されたのかも不思議な感じがした。詩を書く人というだけあって、リズムがよく、しかもところどころに宮澤賢治などの詩が挿入されているあたりが読みやすくもある。薄い本なので、ぜひ一度、手にとってもらいたい。



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