「で、感情表出障害でなかったら彼はいったいなんなんだ」
「生まれつき感情が欠落しているのかも知れない」
               
 「脳男」  首藤瓜於  講談社文庫

 連続爆弾犯のアジトで見つかった鈴木一郎。彼は次の爆破予定場所を告げたことにより共犯者とも目されるが、経歴は不明。過去をまったく語らない。精神鑑定を引き受けた鷲谷真梨子はあまりにも自分を見せない鈴木に戸惑うが、ふとしたことがきっかけで、彼には心がないのではないかと思い始める。
 己の自律神経を制御する力を持つ存在。痛みを感じることなく、呼吸や筋肉の動きなどのすべてを機械のようにコントロールする。そのような存在が、どのようにして出来上がったのか。彼を動かしているものは何か。真梨子は鈴木一郎の過去に少しずつ近づき、驚くべき真実に迫ってゆく。だがその一方で、連続爆弾犯が鈴木の入院する病院に新たな爆弾を仕掛けたことが明らかになり、事態は急激な展開を見せてゆく。
 力強くスピード感ある展開と、思いがけなさ、その説得力。真梨子の中にある「正義」の概念の揺らぎが、そのまま鈴木一郎へとだぶってゆく、その構成の緻密さ。
 あまり書くとネタばれになるので、多くは語らない。ただ、ややもすればSF的になるネタをうまくとりまとめてある、そこもいい。感情の、心のない男にいつか感情は芽生えるのか。
 脇役でありながら大きな存在感があり、しかも謎めいた部分を持つ警部、茶屋の存在もいい。ないだろうとは思うが、続編がのぞまれる一編である。



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