「にいちゃんのほんとの名は、田代タケシです。でも―――」
 そういいかけて、ノンちゃんは笑ってしまいました。にいちゃんは、にくらしいけれど、やっぱりおもしろい子です。
            
「ノンちゃん雲に乗る」 石井桃子  福音館書店
 いまから何十年かまえの、ある晴れた朝、ノンちゃんという八つになる女の子がわあわあ泣きながら歩いていました。だいすきなおかあさんにだまされてお留守番させられることになったからです。泣いて泣いて泣いて、いつのまにか氷川様の境内まできていたノンちゃんは、そこにあるモミジの木に登って、池の中をのぞきこみました。水の中に空が見え、雲が見えます。あの雲のむこうに、だれかいるんじゃないかしら? そうやって池の中をのぞきこんでいたノンちゃんは思わず身を乗り出しすぎて……気がついたら、ふんわりとした雲の上にいたのです!
 地下天国に落ちてしまったノンちゃんは、そこにいた不思議なおじいさんに「生い立ちの記」を話すことになります。おとうさんのこと、おかあさんのこと、にいちゃんのこと、ノンちゃん自身のこと……この本に描かれているのは、古風でしかしうらやましくなるほどすばらしい家族のお話です。ノンちゃんとにいちゃんはけんかばかりしているけれど、そしてノンちゃんはにいちゃんのことなんてだいきらいというけれど……ほんとうにそうでしょうか? そして、ノンちゃんがだいすきで、そしてノンちゃんのことをだいすきな、おかあさん。おかあさんはいつもノンちゃんに、女の子はやさしいことばづかいをしなければいけない、小さいとき、おばあちゃんに教えていただいたような言葉を忘れてはいけないといいます。だからノンちゃんはやさしいことばをつかうようにしていますし、もちろんおかあさんも、やさしいことばをつかっています。いま、どれだけの家庭でこのような母と子のおだやかでやさしいやりとりがあるでしょうか。そのようなことを考えてしまう、そんな本です。ぜひ一度、家族で読んでみてください。



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