ぼくは、自分が見のがしているものを知りたかった。ぼくの手のとどかないところで、世界にどんなことがおこっているのかを。
            「人魚の島で」 シンシア・ライアント(竹下文子訳) 偕成社

 ぼくが人魚に会ったのは子どものときだ。
 こんな書き出しではじまるこの物語は、孤独な少年の日常に不思議が重ねられて、どこかやさしい雰囲気で語られてゆく。
 両親を失い、祖父と島で暮らすダニエルは「たいていの男の子が知らないことを知っていたけれど、たいていの男の子が当然知っているようなことにはまるで無知だった」。たとえば、天国をのぞくことができる場所がどこにあるのかは知ってるけれど、数を七倍する計算はできなかったし、星に名前があるなんて考えてもみないような、そんな少年だ。
 おじいさんはダニエルのことを愛してくれるけれど、空想好きの少年と老人のあいだには埋めがたい溝がある。だから淡々と語られるようでいて、ダニエルの日々は孤独に慣れてしまった少年のさびしさを感じずにはいられない、透明で哀しい日常だ。でも、人魚はひたいに不思議なもようのついたラッコを通じて、ダニエルに古い鍵をくれた。そしてその鍵が、ダニエルとおじいさんをほんとうに結びつけてくれる。そして祖父の死後、ふたたび孤独に怯えるダニエルに、鍵はもう一度、やさしい奇跡をおこしてくれる……。
 衝撃的ななにかがあるわけじゃない。波瀾万丈なできごともない。ここにあるのは「不思議」が「日常」として語られる、静かだけれど満ち足りた日々。
 だからこそ、思う。わたしにもそんな日々があったなあ、と。風と語らい人魚と手紙のやりとりをした「不思議な日常」が。なくしてしまったなにかを思い出す、この本はそんな気分のときにぴったりだ。



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