監獄の格子窓の中に月日はない。使命という監獄の孤独にただ耐えよ、と、将軍は命じたにちがいなかった。
           
「日輪の遺産」 浅田次郎 講談社

 万馬券狙いで行った競馬場で出会った老人。端然とした雰囲気は酒の相手にはまるで似合わず、しかも冗談とも本気ともつかぬ金の話を遺して、老人はそのまま死亡してしまう。そして遺された手帳に記されていたのは、帝国陸軍がマッカーサーから奪い、終戦直後に隠したという時価二百兆円の財宝についての物語だった。
 それが終戦後の日本国民を飢餓から救うと信じて、財宝を隠す使命を受ける軍人。なにも知らぬままに箱を運びいれる幼い少女たち。しかし、その使命をまっとうするためには、情報を知る者を消さなければならない――少女たちの純真さが、日本のため、陛下のためと信じている姿が、涙を誘う。
 女学生が、少佐に訊ねる。
「アメリカの女学生も今は学校に行っていないのでしょうか。食べる物にも不自由しているのでしょうか。家を焼かれた人もいるのでしょうか」
 誤魔化すように、日本が攻めて行けば立場はすぐに逆転する、と回答する大人に、少女はいうのだ。
「でも、そうすると、大勢の人が死んで……そういう戦のあとにくる平和などあるわけはない、と……」
 それでも、少女はいざとなれば日本のために死ぬことをためらわない。戦争は愚かしい、と大人よりもわかっていて、それでも、その視線は眩しいほどにまっすぐで、躊躇いを知らない。
 日本の歴史の教科書は、戦争を否定するためばかりに、かつての日本人の誇りや日本人として在ることの自覚を失わせるように書かれている、という文章を、誰かが書いているのを読んだことがある。軍費と偽って日本のためにマッカーサーの財宝を隠した、と短く書けば、それはやはり戦争犯罪のひとつなのかもしれない。しかし、そこに秘められた大勢の人々の願いを知ったとき、そこにあるのは誇りや、似合わないかもしれないが「夢」や、そういうものだと思う。終戦後、マッカーサーと対峙したひとりの大蔵官僚の姿はすがすがしく感動的である。



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