「君は母の胸に眠るが、ぼくは荒野にさめている。ぼくにとっては太陽が照るが、君にとっては月が照り、星が光る。君の夢は少女を夢みるが、ぼくの夢は少年を……」
                「知と愛」 ヘッセ(高橋健二訳)  新潮文庫

 思索のひとナルチス。孤独で高慢な、けれどそれを隠す術をじゅうぶんに心得ている彼と、愛らしい少年、夢想家で芸術家のゴルトムントの出会い、そして友情。マリアブロンの修道院の中で、少年らしい愛情と熱意とをもってナルチスのようになることを望み、勉強に励むゴルトムントに、ナルチスはふたりは正反対なのだ、と告げる。「ぼくたちの友情は、君が完全にぼくに似ていないことを示すというより他に、なんの目的も意味もまったく持たないのだ」と。冒頭に掲げたのは、ふたりがいかに異なっているかを語るナルチスの言葉だ。そしてナルチスによって真の自分に目覚めさせられたゴルトムントは修道院から新たな世界、愛と放浪の旅へと出立する。
 正反対のもの同士が結ぶ友情というのは、そう珍しくもないかもしれない。けれど、ナルチスとゴルトムントの友情は「知」に生きるものと「愛」に生きるものの融合をもたらす。ゴルトムントはナルチスの像を作ることでその融合を知り、ナルチスはゴルトムントとの再会でそれを知る。修道院の中ではつねに導く役割であったナルチスに、長い放浪の旅を終えたゴルトムントが語る最後の言葉は、ナルチスだけではなく読んでいるわたしたちの心にも炎をつけることだろう。
 ゴルトムントの芸術家としての目覚め、そして苦悩が描かれ、芸術と人間性についても考えさせられる作品となっている。けれどここにあるのはやはり反撥しあい、惹かれあうふたつの魂のありようだ。ヘッセには「荒野のおおかみ」という優れた作品もあるが、「知と愛」は人間の両極性をふたりの人間に託したことで、より読みやすく美しい佳品となっているように思う。中学生では無理かもしれない。けれど高校生のあいだにぜひ目を通してもらいたい作品だ。


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