「そのお姿が美しいだとか、そのおからだがまろやかであるだとか、たぶん、そういうことで人は人を愛しいと思うのではないのではないか」
「ほう」
「お姿が美しいとか、お綺麗であるとかいうのは、そのお方を愛しいと想うおりの、ただのきっかけのひとつなのではないのかなあ――」
          
 「陰陽師・生成り姫」 夢枕獏  朝日新聞社

 ご存知(なのかどうか……)「陰陽師」の初めての長編版ということである。平安時代に生きた陰陽師安倍晴明と、その友源博雅のかかわる数々の怪異は、じつはこれ以前にいくつかの短編で描かれている。この本は、それらも踏まえた上で……(しかも岡野玲子による漫画「陰陽師」の影響もたぶんに受けて)構成され、初めて読んだ人でも晴明、博雅両人の性格やら様子やらがよくわかるようにできている、とってもお得な本である。
 ひとつひとつは一見なんのつながりもないようなエピソードが次々に語られる。晴明のありさまを紹介したようでもあり、博雅をあらわしたようでもあり、平安という時代そのものを紹介したようでもある、その個々の物語がひとつに収斂されてゆくさまは美しい。思いもかけない話までがつながっており、作者によって入念に練られた構成に感嘆してしまうのである。
 さて。この話でなにがいいって、それはもちろん博雅なのである。安倍晴明をして、「よい漢(おとこ)だな、博雅は」といわしめる源博雅の純朴さ、心根の直ぐさは、いつ読んでも心が洗われるような気持ちになる。決して呪をつかうわけでもなく、けれど彼が鬼と語らい、笛を吹き合い、ときには鬼の情念そのものを鎮めてしまうのは、博雅ならではのよさである。
 今回は作者もあとがきで「博雅にたすけられた」とあるように、まさしく主人公は博雅。ぜひ、読んでもらいたい。ほんとにいい漢なのだ。


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