「でも、早瀬みたいな田舎だとそんなに恐い事件はないよね」
『なに言ってるの、早瀬でも年に二、三件は殺人事件があるんだから』
           
 「長い腕」 川崎草志  角川文庫

 ゲーム会社で働く島汐路は、いまの作業が終わり次第、勤務先であるネットワ・テックを退社する予定だった。品質保証部による最終テストの日、別のプロジェクト・チームのふたりの女性がビルから転落死する瞬間を目撃する。事故か、自殺か、殺人か。衝撃を受けた汐路は、故郷、早瀬に住む姉から、早瀬でもまた、異常な事件が起きていることを知る。しかも、最近起きた、女子中学生が同級生を教室で射殺するという事件をネットで見た汐路は、その中学生と同僚とが、おなじキャラクターグッズを身につけていたことに気づいてしまう。どう見てもいい加減に作られたアニメのキャラクター『ケイジロウ』。退職して早瀬に帰った汐路は、女子中学生の事件を調べるうちに、彼女たちがネット上でケイジロウと名乗る何者かとやり取りをしていたことを知り、ケイジロウの実像に迫ってゆく。それは、早瀬の過去と、汐路自身の過去を明らかにしていく作業だった。
 物語は、汐路が事件の謎に迫る形式で進められていくが、汐路自身も、幼いころに両親の心中を目撃してしまったという過去を持つ。いっけん、何のかかわりもないようなタイトル「長い腕」。それは過去から伸びてくる怨念であり、過去を引きずる哀しみでもある。
 早瀬には、伝説的な大工、近江敬次郎が建てた四軒の家が残り、いまなおそこに暮らす人々がいる。敬次郎とケイジロウ。かかわりはあるのか? 複数の謎が絡み合い、登場人物たちもそれぞれに思惑ありげ。
 第21回横溝正史ミステリ大賞受賞作。



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