捜査は一歩も前進しないにきまっている。いや一歩も前進しないというのは正確ではない。主任警部の手にかかると、ものごとが静止していることはめったにないからだ。横に動いたり、ときにはあと戻りしたり、そしてしばしば(これはルイスも認めた)前進する。
          
  「キドリントンから消えた娘」コリン・デクスター(大庭忠男訳) 早川書房

 二年前に失踪して以来、行方のつかめなかった娘バレリーから手紙が届いたのは、担当のエインリーが休日にロンドンに行き、交通事故で死亡した翌日のことだった。これは偶然なのか? エインリーは何かをつかんだのではないか? 少女からの手紙はある。だが、事件を引き継いだモースには直感があった。「バレリーは死んでいる」と。失踪ではなく殺人事件として捜査を始めたモースは、改めてバレリーと関係があった人々、両親、学校の先生、元恋人などに話を聞いていくが、モースの超絶技巧的な想像力はともすれば暴走しがちで、部下のルイスにはまったく理解できない飛躍を見せるのだった……
 モース警部シリーズ。といっても、これだけ読んでも楽しめるし、前の作品との絡みは一切ない。
 一般人には思いもかけない推論、わずかな手がかりから導き出される驚異的な仮説。それらは当たっていることよりも間違っていることの方が(当然)多いわけで、上述したようなルイスの感想になるわけだが……横道にそれたり、あと戻りしたりはしても、結局ちゃんと真実にたどり着くあたり、さすがモース(笑)。
 地道な捜査というよりは、仮説、仮説、仮説の連続。この物語の面白さは、素人が2時間もののサスペンスを見ながら無責任に「きっと○○が犯人に違いない」とかいっていると、それがことごとく覆されていく……のと、似た感覚が味わえるところにあるのかもしれない。
 この感覚は、読んだ人しか味わえません。ぜひ、モースのおもしろさを実感してみてください。



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