共生虫は、自ら絶滅をプログラミングした人類の、新しい希望と言える。つぶやき続けながら、外出の準備をした。共生虫を体内に飼っている選ばれた人間は、殺人・殺戮と自殺の権利を神から委ねられているのである。ウエハラは立ち上がり、台所に行って、根元が少し錆びている包丁を手に取ってじっと眺めた。
         
   「共生虫」 村上龍  講談社文庫

 中学二年のときに学校に行かなくなり、現在は自宅近くのアパートで引きこもり生活を続けているウエハラ。両親がつけた名前は不登校になったときに捨ててしまって、いまはその名前で呼ばれても答えない。そんなウエハラがニュースで見たサカガミヨシコというニュースキャスターに興味を持ち、彼女のホームページにアクセスするためにインターネットを始めたことから動き始める何か。ネットのルールにも疎く、掲示板の書き込み方もメールの書き方も知らず、そもそもちょっとした文字を打つのにも長時間かかってしまうウエハラだが、それでも、ウエハラがどうしてもサカガミヨシコに訊いてみたかったのは、微生物やウイルスに詳しいと思われる彼女に、自分が子どもの頃に体験した不思議なこと……死にゆく老人から白い虫が出てきて自分の体内に入った、あの現象はなんだったのかということだった。サカガミヨシコからの返事はなかったが、サカガミヨシコに非常に近い存在だといって接触してきたインターバイオというグループが、その虫は共生虫といい、ウエハラは選ばれた存在であると教えてくれる。自分には殺人・殺戮の権利があると自覚したウエハラは、包丁を手にして外の世界へと足を踏み出していく……
 引きこもりの青年が、インターネットの闇の部分と接触することで、外の世界に出ていく。通常だとインターネットの世界にふれることでますます引きこもりになってしまいそうだが、ウエハラの場合、インターネットの世界からの言葉で引きこもりが解消される(だからといってそれがいいこととばかりはいえない)部分に、かえって彼自身の持つ病的な部分が浮き彫りにされていく。だがそれは彼だけが持つ病なのだろうか? ラストシーンの光の帯が、妙にリアルに迫ってくる。



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