「あなたはおぼえてる? ―――ほら、いつだったか、ぼくたち金色のちょうを見たじゃない」
 こう、ムーミントロールがいいました。スノークのお嬢さんは、幸福な思いでぐったりしながら、こっくりしました。
         
「たのしいムーミン一家」 トーベ・ヤンソン(山室静訳)講談社

 かつて冒険者だったことを思い返し、自伝を書いているパパ、おっとりとやさしいママ、旅から旅へとさすらう親友のスナフキン、小さくてケチで、けれど愛すべきスニフ。口の悪いちびのミイに、前髪を気にするおしゃれなスノークのお嬢さん……。
 ムーミンシリーズに出てくる登場人物たちを簡単に羅列すればこうなるが、ではムーミントロールは? と考えて、はた、と困ってしまった。
 みんなに好かれているムーミントロール、主人公でもあるかれの特徴はもしかしたら「ふつう」であること、なのかもしれない。いたずらが好きで(けれどそれほど悪さはせず)、親友を大切にし、女の子にやさしくて。
 さて、ムーミントロールとその仲間たちはときにムーミン谷をはなれて冒険に出かけていったりもするのだが、今回は彼らのところにおかしなものがあらわれるお話。まっ黒なシルクハット、飛行おにのぼうしかもしれないそれは、いろんなものを変身させる力を持っている。たまごのからはきれいな雲に。ピンクの毒草は楽しいジャングルに。けれど、いい方向ばかりでなく……じゃこうねずみの入れ歯はなんだか変なものに変わってしまったし、ムーミントロール自身もとんでもない目に合う。
 次から次に起こる不思議な事件、けれどそれに対応するムーミンたちはどこか間が抜けていてとぼけている。この本を読むと、季節の移り変わり、とくに春の美しさの中での彼らの姿を楽しみながら、ゆったりとしたやさしい気持ちになれるに違いない。



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