ニューヨーク州サウス・キングストン
 アクミ・インターナショナル探偵通信教育学校 主任警部より
 コネティカット州サリー ミスター・R・B・マクレイ気付
 探偵P・モーラン殿

  君のレッスンには三十点という悪い点しかつけられません。何も「漁師のミスター・ヒーシーを漁師だと推理する」とか「ブリキ屋のトム・ソンダーズがブリキ屋であるとわかる」のに、訓練を積んだ探偵は要りません。レッスンをもう一度読んで、すでに知り合いでないブリキ屋や漁師が見つかるかどうか探し、さらなる観察を加えて推理を確かなものにすること。
           
  「探偵術教えます」 パーシヴァル・ワイルド(巴妙子訳) 晶文社

 コネティカット州の田舎町サリーでお屋敷付き運転手をしているP・モーランは、通信教育で探偵術を受講中。物語は、探偵通信教育学校の「主任警部」とモーランとの手紙、電報のやりとりのみで構成されている。
 レッスンは尾行や推理法といった基本的なことから、モーランの要請によって送られてくることになった「放火・初級」「放火・中級」「放火・上級」等々まで幅広い。しかし、ニューヨーク州に住む「主任警部」が
「地下鉄に長時間乗って向かい側の座席に座っている全員の職業を紙に書き留め、さらに観察を加えて推理を確かなものにしましょう」
 というレッスンを課したところで、
「ここからニューヨークまでの98.6マイルの間には地下鉄がないため、長時間地下鉄に乗ることはできません」
 というモーランのできることは、ほぼ全員が顔見知りの村の人々の観察でしかない。
 しかも、主任警部が喩えとして挙げた「菓子屋のジョン・ドゥ」を探すことを第一目的としているモーランにとって、この村での活躍の場などなさそうに見える……
 就職祝い八方美人男さんからご紹介いただいた一冊。連作短編集。
 素人探偵のモーランは、マフィアの麻薬密売人を「たまたま」尾行してしまったり、強盗をたくらんでいる男女を「たまたま」パーティ会場に呼び寄せてしまったり、脅迫メールをなぞって確認することで「たまたま」複数の人を脅迫することになってしまったりと、犯罪者にとっても一般市民にとっても迷惑この上ないことを仕出かす。しかし、彼の類稀なる名探偵である所以は、その運の強さ。大慌ての主任警部が止めに入るための電報を打ったころには、モーランはその事件を見事解決に導き、ちゃっかり報酬まで得ているのだ。
 ブロンドの「豪花」な女の子が好きで、仕事の合間をぬって主人の車でドライブに出かけているモーランのフーテンぶりと、かなり大マジメにレッスンを課しながら、実はどうやらそちらも間が抜けているっぽい「主任警部」とのやりとりが笑いを誘う。受取人払い電報の字数をめぐる諍いや、報酬の有無についてしつこく問いただしてくる主任警部とのやりとりなどは爆笑ものである。
 楽しんで読める一冊であることは間違いない。



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