「湖の上を自由に飛んでいける水鳥を、羨ましく眺めたものも少なくないだろうに……」
            
 「水鳥の関」 平岩弓枝 文春文庫

 東海道新居宿の本陣の娘お美也は望まれて藩の名家に嫁入りするが、夫と死別し、町家の嫁を嫌う姑に追い出された形で婚家を出て、ひとり息子とも会えぬ境遇である。そんなある日、吉田藩の殿様のお供で亡き夫の弟、遊佐清次郎と再会する。清次郎の口添えもあって婚家に戻り、息子と暮らし始めた美也を、清次郎はいつしか自分の妻にと思い定めるが、ふたりの仲を裂くかのように清次郎に江戸出府の藩命が下る。自分の中に新しい命の芽生えを知った美也は清次郎を追って江戸にむかおうとするが、女が関所を越えることは特に厳しい時代である。思いは叶わず、ただひたすらに清次郎を待つ美也だが、そこに清次郎が他の女性と祝言をあげたとの噂が流れてくる……――
 ひとり息子とは滅多に会えず、清次郎との間に生まれた娘も結局は父なし子にしてしまう、お美也。しかし、彼女をつねにあたたかく支える父の存在が大きい。物語は美也の恋だけでなく、親子の情感や、本陣でのもてなしぶりなど、きめこまやかに描かれている。現代のように好き勝手に動ける時代でなく、関所をまたいでの結婚はたとえ親の葬式であろうと手形がなければ通れなかった女性の哀しみが深く滲んでいると思う。
 それにしても……難をいえば。脇役の存在があまりにもかわいそうすぎる。たとえば、息子の清一郎なんて、上巻の最初に出てきて、そのあと、下巻の最後のほうまで忘れられている。美也って実は冷たい人間なのでは、と思えてしまうくらいだ。美也に思いを寄せる幼なじみの徳太郎、しかり。それはもう、物語の運び上、仕方ないのかもしれないのだが……もう少し。もう少しだけでも、脇役の人々にやさしければなあ、と思ってしまったのである。



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