メロスは激怒した。
         
 「走れメロス」 太宰治

 笛を吹き、羊と遊ぶ、村の牧人メロス。妹の結婚式のための衣装やらごちそうやらを買いにシラクスの町に来たとき、メロスの運命は激変する。人を信ずることができぬ、といって民を殺す邪知暴虐の王、ディオニスを殺そうと城の中に入ったメロス。巡邏の警吏に捕らえられた彼は暴君ディオニスの前で「人の心を疑うのは、最も恥ずべき悪徳だ」という。そして、命乞いなどはしないが妹の婚礼のために三日の余裕をくれ、と。そして、ディオニスの許しを得たメロスは竹馬の友セリヌンティウスを人質とし、村へ帰って妹の婚礼を済ませ、そしてまた、シラクスの町へと急いで戻ろうとする。みずからの命を終らせるために、セリヌンティウスを救うために。
 単純そのもののメロス。走りはじめる以前の彼は、ある意味ではディオニスと同じくらい自分勝手で傲慢だ。気に入らないものは殺し、友であれば自分の思いどおりのことをすると信じて疑わない。走りながらも、「わたしは、今宵、殺される。殺されるために走るのだ。身代わりの友を救うために走るのだ。(略)若い時から名誉を守れ」、そう心に思っているメロスには、自分のことしかない。けれど……走りつづけるメロスに襲い掛かる数々の困難。濁流、山賊、そして自分自身の弱い心。それでもメロスは走りつづけ、大きく成長していく。メロスはもはや自分のために走っているのではない。訳のわからぬ大きな力に引きずられて走っているのだ……。
 これほどまでに朗読に適している話もそうはない。ぜひ、声に出して読んでもらいたい作品である。



オススメ本リストへ