「自分を定義しなくたって、俺は自分を自分だとちゃんと分かってる」
「それは、あなたの周りにあなた以外の人たちが大勢いる日常を、あなたが当たり前のものだと思っているからよ。もしその人たちが一人残らず消えてしまったら? それでもあなたは自分を自分だと言い切れる?」

                   「松浦純菜の静かな世界」 浦賀和宏 講談社NOVELS


 幼いときに両親を失い、いままた、突然レストランに銃を持って現れた男に妹を殺された八木剛士。しかも、彼は銃で撃たれたにもかかわらず、かすり傷ひとつ負うことなく生き残ってしまった。
 一方、中学2年の時に「ひどい怪我」のせいで転地していた松浦純菜が戻ってきたが、ほぼ同時に、彼女の親友だった山口貴子が失踪した。市内で起きる連続女子高校生殺人事件。身体の一部を持ち去られたその死体のひとつが貴子なのか。剛士の事故のことを知って近づいてきた松浦純菜とその友人小田渚に巻き込まれ、剛士は事件に深く関わっていくようになる――
 殺人事件だが、メインは謎解きではない。
 いや、確かに謎解きではあるのだが、どちらかといえば他人の目を気にして、自意識過剰が被害者意識に通じ、抱えきれないほどもやもやしたものを抱えた八木剛士という少年と、怪我のせいで謎めいた部分を持ちながらも、実は少女らしい夢や怯えを抱えながらまっすぐに生きようとする松浦純菜、そしてそんな二人に比べれば平凡で、それゆえにこそ常識的な意見を口にする小田渚、この三人の友情物語だといっていのではないかと思うのだ。剛士が、家で食べればただなのに、もったいない、でも、女の子の前でケチだとは思われたくないし、などとごちゃごちゃ考えながら女の子ふたりにつきあう様子は微笑ましいし、剛士や純菜、渚が真剣に思い悩んだり怒ったり悲しんだりすることは、なんだか懐かしいくらいに痛々しくて、ふと自分にもこんな「静かな世界」があったのだと思ったりもしてしまう。
 登場人物の視点によって時制が違うのって、テクニックなんだろうけど、ちょっとズルだよなあ…とは思うのだが。推理小説としてだけではなく、青春小説として、オススメ。



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