「あの子は望まれ、わたしは望まれなかった。これほどちがうものもない」
                 
「えんの松原」 伊藤遊 福音館書店

 男の子なのに女童の格好をして温明殿で働く音羽。ある日、代々の帝に継承される大切な三種の神器のうちのひとつ、神鏡を守る塗籠でひとりの少年に出会う。ひと目で音羽を少年と見破った相手を、けれど音羽はその格好にもかかわらず少女だと錯覚した。それが、すべての物語のはじまりとも知らずに。
 東宮憲平。怨霊に苦しめられ、日々衰弱していくかれを、しかし苦しめているのはほんとうに「元方」なのか。見ず知らずの人間に苦しめられるつらさから、ある夜、目をあけてしまった憲平が見たものは、自分と同い年くらいの小さな女の子だった―――
 怨霊の正体はいったいだれなのか。この幼い少女は何者なのだろう。東宮を守る阿闍梨はいう。真実を知るなど無益なことだ、と。目を閉じ、耳をふさいでいるのが東宮自身のためだ、と。けれど、音羽はいう。
「真実を知るのが、無益なことだとは思わない。ほんとうのことを知らなくちゃ、自分が何をすればいいのかも決められない」
 ときに、真実は苦くつらい。けれど、音羽のいうとおり、自分のすべきことを知るためには、そのつらさを乗り越えること、受けとめることも大切だ。「真実」のほうも、受けとめられることを待っているのかもしれないのだから。音羽のすなおでまっすぐな心根に助けられ、怨霊と向かい合う東宮憲平。ラストシーンは感動的だ。
 「鬼の橋」ほどの深いメッセージ性はないかもしれない。けれど、物語の底に流れるやさしさは、前作にも負けぬほどのあたたかい感情を与えてくれる。


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