「ええ、もちろん、法律と秩序と正義があなたにとって重要なのは知っています。でもあなたが真に求めているのは、すべてが真実で、虚偽のまったくない、一つの美しい世界なのよ。夢想家なんだわ、あなたは!」
         
    「魔性の殺人 第一の大罪」 ローレンス・サンダーズ(中上守訳) 早川書房

 物語はタニエル・ブランクから始まる。離婚したばかりのダニエル・ブランクはある日、友人夫婦の紹介でシーリア・モンフォートという女性と出会った。それまで常識人だったダニエルが、エキセントリックな部分をもつシーリアと知りあうことで、自分自身の暗い部分と向きあい、変貌してゆく。悪とは何だ? 常識とは? 愛とは? ダニエルはニューヨークの街に出て、殺人を繰り返すようになる。
 一方、ニューヨーク市警本部二五一分署長のエドワード・X・ディレイニー警部は、日に日に病状を悪化させ、死に向かいつつある妻の看病に苦しんでいた。愛する妻を失うかもしれないという想いが彼を苦しめ、いつの日だったか彼女がいった、美しい世界を求めるという自分の警察官としての信念だけが、ディレイニーの支えともなっていた。しかし、いくつかの政治的な思惑から、ディレイニーは市会議員ロンバートを始めとする殺人事件に公式には関われないようになる。しかし、非公式な活動は認められ、彼は自分が持つ民間人の専門家たちをうまく用いながら、警察よりも早く犯人像にたどり着く。それはディレイニーとはまったく違う、常識や秩序の破壊に美を見出す男の姿だった……
 この物語は犯人探しではない。犯人は比較的早い段階……というより、最初からわかっている。それでも面白さが減じていないのは、凶器の割り出しに時間がかかればかかるほど、次の殺人も実行されてしまうという状況、私生活におけるディレイニーの苦しみ、徐々に狂っていくダニエル・ブラウンの姿……などが、丹念に描かれているからである。
「人を殺せば、その人と一体になれる。殺人は愛だ。究極的な愛の行為だ」
 ダニエルの狂気を、追う側であるディレイニーが共有する瞬間がある。深淵を覗き込むものは……ということだろうか。
 上下二巻はあっという間である。オススメ。



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