「あなたには一卵性双生児の兄弟がいますか? あるいは、あなたがとても幼いときに亡くなったそういう方が?」
             
「奇術師」クリストファー・プリースト(古沢嘉通訳)早川書房

 とある新聞社で特集記事を専門にしている新聞記者、アンドルー・ウェストリーは、ごく幼いころから、ほかのだれかと人生をわかちあっているという感覚につきまとわれてきた。あるときには彼を励まし、慰め、危機を救ってくれる、そんな存在。ウェストリー家の養子であるアンドルーは、自分には生き別れになった双子の兄弟がいるのだということを心の底で確信しているが、しかし、公の文書には、養子になる前の彼はボーデン夫妻のひとり息子であると記されているのみだった。そんなアンドルーに、彼の先祖のことをよく知るという女性が現れた。ケイト・エンジャ。そして、彼女はアンドルーに双子の兄弟がいるのではないかと問う。
 100年もの昔、アンドルーとケイトの先祖であるアルフレッド・ボーデンとルパート・エンジャはともに奇術師として生業を立てていた。互いをよく知ればよき協力者になったに違いない2人だが、些細な齟齬の積み重ねが、彼らを宿命的なライバルとなしてしまう。瞬間移動を得意とした2人の奇術師が残した手記、ニッキーと呼ばれていた幼いころのアンドルーが死ぬのを見たというケイトの話。アンドルーはついに真実を突きとめるために動き出す。
 自分にとっては正しいことでも、相手にとって同じく正しいこととは限らない。アルフレッドとルパートの手記からは、そんな不幸な行き違いを見て取ることができる。それにしても、2人の奇術師が得意とした「瞬間移動」のからくりとはいったいどのようなものだったのか? 謎が謎を呼び、最後まで飽きさせない。
 世界幻想文学大賞受賞。



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