にんじんさんはしばらく口ごもり、おもむろに口をきった。
「ぼく、何も持ってこなかった。持ってこられなかったんだ。ただ愛の気持ちだけを受け取ってもらえればと思って……」
      
「七つの人形の恋物語」 ポール・ギャリコ(矢川澄子訳) 王国社

 やせてぶざまで、大きな口と黒いみじかい髪をした女の子、ムーシュ。いましもセーヌ河に身投げしようとしていた彼女を引きとめたのは、がらんとした人形芝居の舞台にいた、赤毛の少年の人形。そして次から次に出てくる七体の人形たち。彼らと話すうちにムーシュは死を忘れ、彼らの仲間入りをすることになる。けれど、ムーシュは忘れていたのだ。七つの人形を操る人形使いがいることを。
 つめたく残忍な人形使い、キャプテン・コック。芯から冷笑的な彼を恐れながらも、一方でムーシュは七つの人形たちとの愛情を日ましに深めてゆく。愛情もやさしさもなにもないままにキャプテンから辱めをうけるムーシュ。けれどその翌日、人形たちはとりたてて彼女にやさしく親切にふるまう。つきせぬ魅惑の昼と、はてしない苦しみの夜。そんな苦しみから逃れるようにムーシュはアクロバット師のバロンとの婚約を決め、キャプテン・コック一座を去ることを決意する……。
 がんばり屋で野心家のにんじんさん、嘘つきでずるがしこいけれどムーシュの愛情をだれよりも求めている狐のレイナルド。気取り屋のペンギン、デュクロ博士や見栄っ張りでわがままなジジ、頭のめぐりの遅い巨人のアリファンファロン。七つの人形たちはだれもかれもが魅力的で、それゆえにこそいっそう、怒りと皮肉しかしらないキャプテン・コックの姿が際立っている。
 さまざまな恋愛小説があるけれど、わたしはこの本以上に泣ける話を他に知らない。



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